非上場企業のガバナンス:経営権をめぐる対立
『ブラッド・マネー』は、米国製薬業界の実話に基づいた小説である。新薬開発の過程で役職員たちが直面する葛藤と苦難を中心的な題材として扱っている。製薬分野に特別な関心があって手に取った本ではなかった。シンキュベーション23期の活動を通じて自然と読むことになったのだが、思いがけないところで興味深いガバナンスの場面に出会うことになった。小説の52〜55ページには、経営者であり投資家でもある「ロバート・ダーガン」が、カリフォルニアの非上場製薬会社ファーマサイクリックス(Pharmacyclics)の取締役会に加わり、社内取締役ミラーとの間で繰り広げる対立が描かれている。
ダーガン(取締役、非常勤取締役と推測される)がサニーベールにあるミラーのオフィスを訪れ、机の上に書類ファイルの束を置いた。それぞれのファイルには、ダーガンから見てファーマサイクリックスの取締役に任命されるべき人物たちの履歴書が収められていた。
「取締役会のメンバーを入れ替えるべきだと思います」とダーガンは言った。
「どういうことですか。誰を誰に替えたいというのですか。今の取締役会も皆立派で良い人たちですよ」とミラーは言った。
「ここにあるファイルの人たちを一度見てみてください」とダーガンは言った。
ダーガンは、ファーマサイクリックスには新しい取締役会が必要だと考えていた。ミラーが株主に対してもっと責任を果たすよう圧力をかけられる取締役会が、というわけである。ミラーは書類に目を通し始めた。ダーガンが差し出した取締役候補たちは、どれもぱっとしなかった。……
その後ミラーは数週間にわたり、ダーガンが推薦した取締役候補たちに会い、彼らがファーマサイクリックスの取締役会には全く適さないと判断した。彼らは現在の取締役たちのようにミラーに有益な助言をする能力もなく、ただダーガンの傀儡のように動く人物たちであった。ミラーの報告を受けてもなお、ダーガンは自分の意向どおりに取締役会を入れ替えると言った。必要とあれば委任状争奪戦(プロキシファイト)を行ってでも、多数の株主が自分を支持するようにすると言い放った。もはやダーガンの強硬な動きは、何よりも経営権を掌握するための行動に見えた。……
法律事務所という「密室」:機密保持の合理性
ミラーは、ファーマサイクリックス本社からサンフランシスコ方面へ約22.5キロメートル離れたメンロパークにある、レイサム&ワトキンス法律事務所のオフィスに取締役会を招集した。ダーガンも取締役であったが、招待されなかった。取締役たちは、ダーガンと委任状争奪戦を繰り広げることに消極的であった。そうすることで株主訴訟や個人責任に発展しかねないためである。その代わりに、ファーマサイクリックスの取締役6名のうち3名が辞任を決めた。取締役として在職していたミラーも、熟慮の末にファーマサイクリックスを去ることにした。……
この場面で目を引いたのは、取締役会を会社の内部ではなく、外部の法律事務所のオフィスで開催したという事実である。先の内容では、ダーガンがミラーに対し自分の側近を会社の常勤職員として採用するよう強く勧め、実際にその人物が入社した経緯が示されている。社内に自分の目と耳となり得る人物が入り込んだ状況のもとで、ミラー側は社内の視線を避け、法律事務所を会議の場として選んだものと思われる。初めて目にする方式であった。西洋では法律事務所で取締役会を開くこともあるのだなと、改めて感じさせられた。
振り返ってみると、これはなかなか合理的な選択である。米国は古くからACP(Attorney-Client Privilege)、すなわち弁護士と依頼者間の秘匿特権を制度的に保障してきた。わが国でも最近これに相当する立法がなされたが、米国ではすでにずっと以前から確立された権利である。取締役会での議論の機密保持がどうしても必要な事案であれば、法律事務所のオフィスで取締役会を開くことも、十分に有効な方法となり得るのではないかと感じた。
日米のガバナンスにおける「非上場企業の現実」
一方で、この場面を通じて、米国の非上場会社のガバナンスもわが国と大きく変わらないという点も確認できた。多くの持分を保有する取締役が、代表取締役に対して自分の側近を取締役会に加えるよう圧力をかけ、さらには望む取締役候補の名簿を自ら作成して手渡す場面が登場する。ミラーはダーガンが推薦した取締役たちを傀儡だと批判するが、考えてみれば既存の取締役会もまた、代表取締役自身の意向に沿って構成されたものであったはずであり、その批判が完全に説得力を持つとは言い難い。
また、一部の取締役を招かずに取締役会を開いたという点も、非常に興味深い。西洋の取締役会は手続きが公正であるはずだという、我々の漠然とした思い込みを打ち破るものと言えよう。わが国の社外取締役も取締役会において消極的だとよく言われるが、この本を読むと、米国の非上場会社の取締役たちも、問題が発生した際に事案の解決に積極的であるようには見えない。わが国企業のガバナンスが西洋よりもはるかに遅れていると断定する必要はないのではないか、という思いも浮かんでくる。
もっとも、この小説が扱う時期は2008年頃である。当時の米国の非上場会社における取締役会運営の在り方が、わが国と大きくは異ならなかったという点は興味深い。現在ではどう変わったかを断言するのは難しいが、本質的な部分は大きく変わっていない可能性もある。NYSEやナスダック上場企業とは異なり、非上場会社の取締役は不特定多数の株主から訴訟を提起されるリスクが相対的に低いためである。外部からの圧力が弱い分、独立性への誘因もそれだけ小さくならざるを得ない。
