『ハート・オブ・ビジネス』_倫理意識を養うべきである

弱さの共有に潜む前提条件

本稿は、フーベルト・ジョリーとキャロライン・ランバートの共著『ハート・オブ・ビジネス』を読んだ感想を、法律実務に携わる筆者の視点から整理したものである。著者らの経営観にはすべて同意できるわけではないものの、示唆に富む内容が多かったため、それらを中心に書評を記す。特に「弱さの共有」「顧客対応の文化差」「倫理教育の欠如」という三つの論点を軸に、実務経験を交えながら検討する。


書名:ハート・オブ・ビジネス

著者:フーベルト・ジョリー、キャロライン・ランバート


全体として良い内容であったが、全面的に同意しがたい理由は次のとおりである。


人々を仕事に参加させることが、彼らを導くより強力な方法であると学んだからである。また、自らの弱さまでも共有すれば、他者も心を開き、より深くつながることができるという。彼は次のように述べる。「弱さなくして真の人間関係はあり得ず、不完全さなくして弱さもあり得ない。」


上記の内容は良い趣旨を含んでいるが、一つの前提が置かれていると思われる。それは、その仕事に参加する「人々」が、少なくともまともな人々でなければならないという前提である。その中に、こうした関係を悪用しようとする人が紛れている場合には、むしろ自らの弱さを共有しない方がよいこともある。実際に、弱さにつけ込もうとする人が集団の中に一人はいた経験があるため、上記の本の内容に全面的に同意することは難しい。

また、他者に親切かつ良い態度で接するとしても、そこには前提があると考える。親切に接するからといって、仕事を疎かにしたり、不正確に処理したりしてはならないということである。これは弱さを見せることではなく、こうした態度が「弱さ」として正当化されてはならない。人々に親切に接しながらも、できる限り丁寧かつ正確に業務を処理してこそ、初めて相手からの信頼を得ることができると考える。

個人的な経験として、共に働いたことのある人の中に、会話をする際には非常に優しく好印象であったが、業務の締め切りを過ぎ、約束の時間のたびに言い訳をして遅刻する者がいた。表面上は優しく穏やかに見えたため、周囲の人々は皆、彼のそうした柔らかい面を好意的に評価していた。そこで、約束の時間を守らなかった点を指摘し、やや強く対応したところ、かえって筆者が冷淡な人間であるかのように見られた経験がある。しかし、業務を締めくくるためには、やむを得ない選択であった。円満な関係のみを優先していては、チーム全体が締め切りを守れなくなる可能性があるためである。このような場合には、ある程度断固として対応せざるを得ないと考える。

このような事例は、社会生活を送る中で、意外と頻繁に直面することになる。



米国での接客・行政対応から見えたもの


私はフランツ・カフカの小説に出てきそうなカスタマーサービスを経験した。まず店舗に電話をかけ、携帯電話部門につないでほしいと頼んだ。誰も電話に出なかった。そこでコールセンターに電話をかけて職員と話してみたが、大した助けにはならなかった。結局、この問題を解決するために、再び直接店舗を訪れなければならなかった。


上記のような状況は、米国では時折発生することである。民間業者でさえこうであるのだから、公務員の場合はどれほどかと想像がつく。筆者自身も、米国の行政機関とのやり取りの過程で、担当者が何度も変わり、電話をたらい回しにされた経験がある。このような業務のあり方は、市民にそのまま不便さを甘受させることになる。米国における不便な行政文化や医療保険の問題などを直接経験してみると、むしろ韓国の行政システムは非常に満足のいくものだと感じられる。韓国が南北分断の問題さえなければ、世界の強国の仲間入りをしていたのではないかと思えるほど、行政処理の速度と対応は迅速である。公務員の業務処理も、米国と比較すると、かなり迅速な方だといえる。米国では、公務員に電話をかけると担当者が次々と変わり、三十分ほど通話が続いただけで終わってしまうことが多かった。こうした経験をしてからは、米国に対してやや否定的な印象を持つようになった。次に米国を訪れる機会があれば、十分な経済的余裕を持った状態で行こうと思うようになった。


倫理教育の欠如が招く社会問題


利益を最大化する手法を習得することに専念した。社会において企業が果たす役割については、特に考えることがなかった。高校及び大学生活初期に学んだ歴史、哲学、倫理学は教育課程から姿を消し、私はすぐに複式簿記と財務分析について学び始めた。


現在、韓国では私企業や金融機関をはじめとして、横領事件が頻繁に発生している。これは偶然ではないと考える。「哲学と倫理意識の欠如」「倫理教育の欠如」が社会問題として表れた結果であると判断される。我が国の教育課程は、暗記と就職を中心に構成されてきた。そのため、市民の暗記力は優れていても、何が正しく何が誤っているか、どのような行為が社会倫理に反するかについての自覚が不足する傾向がある。これにより、金銭的利益のみを重視する風潮が形成されたものと思われる。

コロナ禍によって通貨の流動性が緩んだ状況に乗じて横領を行い、その後帳簿上の数値に合わせて金額を移動させさえすればよいという認識を持つ者が存在するようである。これは事実上、国家システムが損なわれていく深刻な問題であるにもかかわらず、これに対する社会的自覚は大きくない状況である。


おわりに倫理意識教育への共感

個人的には、倫理意識教育の重要性を強調した本書の内容に深く共感する。

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