記録管理の実態を伝えた報道――保管率わずか一割
本稿は、韓国の学校暴力対策委員会における相談記録管理の実態を報じた報道をきっかけに、筆者自身の委員経験に基づいて記録整備の変化と量定判断の恣意性の問題を考察するものである。専任調査官制度の導入前後で審議の質にどのような違いが生じたかを振り返りつつ、点数化の手順が量定の公正性にどう影響するかを論じる。
最近、韓国の日刊紙・ソウル新聞の報道を通じて、ソウル江南区・木洞など主要学区における学校暴力対策委員会の相談記録管理の実態に関する監査院(会計検査院に相当)の監査結果を目にした。監査結果によれば、対象となった案件の九割以上で相談記録が保管されておらず、記録が存在しないために学校暴力の事実そのものが認定されなかった事例もあったという。さらに、少なくない数の教師が、生活記録簿の総合意見欄に同じ文言を繰り返し記載していた事実も明らかになった。
専任調査官制度導入後に感じた変化
この記事に接し、筆者は正直なところ驚きを覚えた。というのも、筆者自身が最近経験した学校暴力対策委員会の審議では、事実関係が比較的よく整理された状態で議題として上程されるケースがほとんどだったからである。これはおそらく、二〇二四年に学校暴力専任調査官制度が導入されて以降の経験であることが大きいと思われる。生徒本人が作成した確認書であれ、専任調査官が作成した確認書であれ、いずれも事実関係が丁寧に整理された形で委員会に提出されており、筆者は事実関係が整理されないまま審議が進むという場面に立ち会ったことがない。
事実整理不足が生んだ、かつての審議の混乱
とりわけ印象に残ったのは、制度が比較的安定して運用されていると考えられがちな江南・瑞草・江西・陽川といった地域において、むしろ書類管理がおろそかになっていたという点である。筆者自身も、かつて学校暴力自治委員会に委員として参加した経験があるが、当時は審議に先立って事実関係が十分に整理されておらず、委員が当事者本人に直接事実関係を確認し直さねばならず、かなり苦労した記憶がある。その経験がきっかけとなり、任期を終えた後、しばらく関連活動から距離を置いていた時期もあった。ところが数年を経て再び委員として関わってみると、制度が大きく改善され、事実関係が非常に体系的に整理されていることに驚かされた。
こうした経験に照らせば、監査院が指摘した二〇二一年から二〇二四年までの期間は、学校暴力専任調査官制度が導入される前の、いわば過渡期の混乱にあたる可能性があると考えられる。制度が本格的に施行された二〇二四年以降の審議を検証すれば、また違った結果が見えてくるかもしれない。あわせて、制度導入以前は法律の専門家ではない教師が、生徒への聞き取りや事案調査の業務をすべて一人で担わざるを得なかったという点についても、当時の教師たちが抱えていたであろう負担を思うと、筆者としては複雑な心境になる。
「結論ありき」の判定はなぜ生まれるのか
一方、学校暴力対策委員会の判定が恣意的になされたのではないかと疑われる事例の多くは、往々にして結論を先に決め、それに合わせて個々の判断要素を後付けで調整するという進め方に起因していると筆者は考えている。筆者自身の経験に照らせば、深刻性・持続性といった各要素について個別に点数を算定し、それを合算していく方式を取る限り、措置決定が不当に低く導き出されることは考えにくい。ところが、記事で紹介されていたように、六か月以上にわたって学校暴力が継続していたにもかかわらず「持続性が認められない」との判定が下された事例は、あらかじめ合計点を決めておき、それに合わせて個々の要素、とりわけ持続性の点数を意図的に低く算定するという形で審議が進められた可能性を示唆している。
