本稿は、トム・オリバー著『私たちはつながっている』を読んで得た所感を、法律実務家としての視点から綴ったものである。個人のアイデンティティの連続性、脳と腸内細菌の関係、そして人と人との間に生じる「共鳴」という現象について論じる。とりわけ、ロシアによるウクライナ侵攻当時のゼレンスキー大統領の映像を手がかりに、物理的な距離を超えて人の心を動かす「共鳴」の力について考察する。
共に読んだ本
今回、シンキューオンが選定した書籍は、個人と社会の関係、そして個人の脳と消化器官内の細菌との関係など、一人の人間を取り巻く様々な要素間の相互関係を扱った著作である。本書を通じて、これまで知らなかった多くの事実に新たに触れることとなった。以下では、本書が取り上げている内容に言及しながら、その過程で感じた所感を整理してみたいと思う。
『私たちはつながっている(The
Self Delusion)』 著者:トム・オリバー
私たちの体はアイデンティティの核心をなすものであるが、体を構成する約37兆個の細胞の寿命は、そのほとんどがわずか数日から数週間に過ぎないほど短く、私たちの体を構成する物質はほぼ絶えず入れ替わっていると言える。……私たちの体は数週間の周期でほぼ新しく作り直されており、体内の物質のみをもって私たちのアイデンティティの一貫性を説明するには明らかに不十分である。
変化し続ける「自分」という存在
本書を読みながら、過去の自分を振り返ることとなった。7歳の私、10歳の私、14歳の私、21歳の私、29歳の私、そして現在の私を果たして同一の人格と言えるのかという疑問が生じたのである。もちろん、過去の記憶を一部保持しているという点で(ただし、その大部分はすでに記憶から失われている)同一の個人と見る余地もあるが、過去の自分を振り返ってみると、性格や外見などにおいて現在と類似した側面があるとしても、完全に同一であるとは言い難い。すなわち、歳月の経過とともに、過去の自分から絶えず変化し続けてきたと言えるのである。
体内の細菌もまた、古いものが消滅し新しいものが生成される過程を繰り返しながら、その種類や比率が変化してきた可能性があり、こうした変化が脳に一定の影響を及ぼしてきた可能性もあると考えられる。これに照らして過去を振り返ると、「あの頃、内気で内向的であった自分が、いつからこれほど外向的で積極的な性向へと変化したのか」という疑問を抱くようになる。
数週間の周期で体内の細菌が入れ替わるという事実は、自分自身が絶えず変化し得る存在であり、自らが置かれた状況もまた変化させ得る存在であるという認識を持って生きることの重要性を示唆している。筆者は、自らの人生をより発展的な方向へと変化させ、自分自身をより良い人間へと作り上げていきたいという願いを持っており、こうした変化は十分に可能であると判断している。
言葉や文字を超えて、神経科学者や認知科学者たちは近年、私たちのコネクトームが他者のコネクトームとどのように相互作用するかについて、より多くのことを知るようになった。数あるプロセスの中でも、とりわけ原始的でありながら重要な「共鳴」と呼ばれる過程がある。ここでは、神経パターンが思考ではなく感情を引き起こす。泣いている子どもの映像を見ると、私たちは共感状態に入り、その子どもが経験している苦痛が反映された深い感情を覚えるのである。
ゼレンスキー大統領の映像が示した「共鳴」の力
これに関連して、筆者自身、そしておそらく他の読者も共感するであろう事例がある。最近、ウクライナがロシアの侵攻を受け、首都が脅かされる事態が発生したが、この出来事は筆者にも大きな衝撃を与え、同様の状況が朝鮮半島でも起こり得るのではないかという懸念を抱かせた。ところが、そのような状況下で、ウクライナのゼレンスキー大統領が映像を通じて「自分は逃げず、首都にとどまってロシア軍と戦う」という意志を伝える姿に接し、彼の毅然たる意志と決然たる姿勢、そしてそこから生まれるリーダーシップを感じ取ることができた。彼の映像に触れた後、心が動かされ、力になりたいという思いが芽生え、いささか慎重を要する面もあったが、複数のグループチャットにウクライナへの寄付を呼びかける文章を投稿するに至った。
ゼレンスキー大統領は、筆者と物理的にはかなり離れた場所に位置している。しかし、彼の言葉と表情は、オンラインを通じてその物理的な距離を越え、深い感銘を与えた。この現象こそ、本書で言及される「共鳴」に該当するものと思われる。彼の映像に触れたウクライナ国民が、祖国のために戦うべく帰国したという事実を知ったが、筆者自身も同様の状況に置かれれば、同じように行動し得るだろうと考える。彼の演説には、単に政治経験の浅い人物のものとして片付けることのできない、個人的利益を超えて人々を行動へと駆り立てる力が込められていた。
物理的距離を超える「共鳴」という現象、そして戦争の行方
ウクライナとロシアの間の戦争は現在も続いており、その結果を予断することは難しいが、ゼレンスキー大統領の映像が本書で語られる「共鳴」という概念を当てはめてみることのできる事例に該当することは明らかであるように思われ、これを通じて「共鳴」が持つ力がかなり強力であるという点を改めて確認することとなった。彼の演説の後、複数の国が支援に乗り出し、民間レベルでもウクライナのための救援基金の設立に力が注がれている状況である。もし彼が開戦当時、恐怖を理由に国外へ逃亡していたなら(アフガニスタンにおいて生じた状況と同様に)、ヨーロッパの他の国々もまた、「ロシアが結局ウクライナを掌握することになるのは避けられない結果である」と受け止めていた可能性がある。しかし、彼の毅然たる意志が、危機的な状況の中でもその国を支える力となっていると考えられる。
本書の内容とはやや距離のある話に及んだ面はあるが、筆者は、ロシアが最終的に軍事力を通じて望む結果を手にすることになるのではないかという懸念を抱いている。ただし、もし神が存在するのであれば、ウクライナがロシアを打ち破るという奇跡が起こることを切に願う次第である。
※本稿は2022年3月頃に執筆したものである。
