分断社会の処方箋:複雑性を受け入れることが、なぜ対立を解決するのか

対立はなぜ先鋭化するのか単純化への衝動


本稿は、ピーター・T・コールマン著『分裂の時代、どう乗り越えるか』を手がかりに、人が複雑な問題を単純化し対立を先鋭化させてしまう心理的メカニズムを考察するものである。あわせて、同書が示す「初期条件への鋭敏性」という概念を、弁護士としての訴訟実務における経験に照らして論じる。さらに、韓国社会における急進的な制度改革の事例を取り上げ、漸進的な変化と劇的な転換という二つのアプローチの功罪について私見を述べる。


やや難解な内容ではあったが、著者が読者に理解しやすいよう工夫を凝らしていることがうかがえる一冊であった。とりわけ、三次元空間構造を用いた説明方法は非常に斬新な印象を受けた。また、我が国のように意見の対立が先鋭化しやすい社会にとっては、こうした対立を緩和するための戦略を構築する上で、有益な示唆を与えてくれる書物であると考える。


『分裂の時代、どう乗り越えるか(The Way Out))』著者 ピーター・T・コールマン

出版 サンサン・スクエア 発売 202239


我々が極端な対立に陥りやすい理由を考えてみると、それは、あらゆる事案について、単純に整理し、自らの立場をいずれか一方に定めてしまうからである。しかし、実際の世の中の事象は、我々が考えるほど単純明快なものではない。自分が正しいと信じていたことが、相手の立場から見れば著しく不当であり、到底納得し難いものであるという場合も少なくない。それにもかかわらず、我々は自らの立場を安易かつ単純に整理しようとする傾向がある。その理由について、本書は次のように述べている。


我々が複雑で曖昧な問題を鮮明かつ単純なものにしようとする第二の理由は、複雑さに耐えられないからである。……人は複雑なものを非常に嫌う。我々の多くは、二極化という巨大な嵐にも似た問題状況やそのイメージを、圧倒的で、不安に満ち、脅威に満ちたものとして捉えている。こうした問題に対して何かを行うことはおろか、それを理解することさえ不可能だと感じている。結局、我々はこれに対する防御機制として、無意識のうちに問題を性急に単純化してしまうのである。75頁)


これは、我々の脳が複雑な問題を理解することを本能的に避けようとするため、問題を単純化して味方と敵とに分け、相手への敵愾心を抱くことを選好してしまうということを意味している。筆者自身も、弁護士として業務を行う中で、こうした方々にしばしば接する機会がある。自らの主張のみを一方的に述べ、こちらがやや客観的に事案を分析しようとすると、相手方の肩を持っているのではないかと、敵対的な反応を示される方もおられる。そのため、こうした依頼者と接する際にはできる限り言葉遣いを柔らかくし、不必要に対立的な雰囲気が生まれないよう努めているが、それでもなお相当な心理的消耗を覚えることは否めない。時折、経験の浅い弁護士が依頼者との関係に苦慮しているという趣旨の投稿をオンラインコミュニティで目にすることがあるが、学業に専念してきた者が、こうした依頼者と接する中で適応に苦しむ場合も少なくないのではないかと思われる。こうした事情から、近年では企業内弁護士(インハウス・ローヤー)として勤務する方が相対的に望ましいとの見方が法曹界内で語られており、とりわけ訴訟業務は困難が大きいとの意見もある。




訴訟における「バタフライ効果」初期対応が結果を左右する

複雑系のアトラクター・ダイナミクスに関する研究の中で最も興味深い知見の一つは、「初期段階においては、条件のわずかな変化によって複雑系ははるかに敏感に変化する」という点である。……これを我々の目的に当てはめるならば、初期条件に対する敏感性とは、新たな出会い、対話、関係、そして集団・社会・地域社会が新たな出発を切る方法そのものを意味する。これは、その後の経路に重要な差異をもたらし得るということを意味している。164頁)


これは、いわゆる「バタフライ効果」を指しているものと理解される。そして、このバタフライ効果は、訴訟手続においても同様に当てはまると筆者は考える。第一審においてどのような対応を行ったかによって第二審の結果は左右され、さらに第二審における対応いかんによって、最高裁判所段階における破棄差戻しの有無もまた左右され得るのである。「弁護士が訴訟の結果にどれほどの影響を及ぼすというのか」と考える向きもあるかもしれないが、実際には、想定されている以上に大きな影響を及ぼすものと筆者は考えている。真に力量のある弁護士であれば、適切な時期に適切な方法で対応するのであり、こうした役割が訴訟の帰趨を左右する上で相当な作用を及ぼし得るのである。

控訴審事件に関して相談に来られる方々の中には、「前任の弁護士が準備した書面を裁判所に提出していなかった」、「主張が不十分であった」といった趣旨の話をされる方が少なくない。事情を伺い、記録を検討してみると、相談者の誤解によるものである場合もあるが、時としてこうした指摘が事実に合致していることも見受けられる。すなわち、主張自体は行われていたものの、その内容が曖昧かつ不明確であったという場合である。このような主張は、裁判所において十分に検討されなかったり、判決文に的確に記載されなかったりすることがある(なお、筆者は主張を積極的に展開する方であるため、これまで判決文において筆者の主張への言及が漏れた例はない)

このように、第一審で敗訴という結果に終わると、それが第二審にも相当な影響を及ぼすこととなり、これを覆すことは容易ではない。これもまた、一種のバタフライ効果であるといえよう。初期段階において適切な主張を行うことができなければ、訴訟全体に影響が及ぶことになるのである。力量のある弁護士は、初期条件に敏感に反応して対応する。これは訴訟に限らず、あらゆる業務に通じる原理であると筆者は考える。適切な結果を得るためには、初期条件に敏感に対応し、相当の努力を傾ける必要がある。「安物買いの銭失い」ということわざも、同様の文脈で理解できよう。費用が安価であるほど、往々にして細部への配慮が不足しがちであり、細部への配慮が不足すれば、結果が満足のいくものとならない可能性が高い。重要な案件であればあるほど、それに見合った対価を支払うべき理由がここにある。


漸進的改善か、劇的な転換か韓国における検察改革論争に見る戦略


より本質的な事柄については、そうではない。重要かつ核心的な立場というものは、少しずつ漸進的に変化していくようには見えない。そうしたものは、ある極端から別の極端へと劇的に転換するのである。194頁)


この一節を読み、少し前まで大きな議論を呼んでいた、いわゆる「検察捜査権完全剥奪(検捜完剥)」論争が想起された。これは、検察の捜査権限を全面的に剥奪しようとした韓国国内の法制度改革をめぐる論争である。実のところ、この改革を推進しようとした背後の意図には賛同し難い部分があり、これを支持することは難しいと筆者は考えている。もっとも、この改革を推進した勢力が、漸進的な改善を主張する相手方の立場を一切受け入れることなく、極端に押し通して重要な部分を一挙に変更したという点については、戦略的観点からは相当に効果的な手法であったと評価することができる。ただし、これを推進した者たちの意図や、それによって予想される各種の副作用にもかかわらず、特定の勢力の利益のためにそうした行為に及んだという点は受け入れ難く、この理由から筆者はこれに反対する立場である。

しかしながら、何らかの事を成し遂げるためには、このように強力に押し進める推進力が必要となる場合もあると筆者は考える。最近、個人的に知った事実であるが、前科のある方が社会的に重要な役職を担っている事例を目にすることがあった。さらに興味深かったのは、人々が重要な役職を任せる際、前科の有無をさほど気に留めていないという点であった。その理由を考えてみると、人々は前科者が持つ「推進力と押し通す力」をむしろ好む傾向があるように思われる。法と原則よりも、多数の力や強引さを好む社会構成員の姿を目にするにつけ、筆者としてはいささか苦い思いを禁じ得ない。

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