受験生も悩まされる、鼻づまりと頭の働き
重要な試験を控えた受験生であれば、一度は経験したことがあるかもしれません。風邪や鼻炎の症状がひどくなると、試験に大きな影響が出るという事実です。鼻が詰まった瞬間、頭がぼんやりとして、考えごと自体がうまくできなくなります。実際、私の周りにも鼻炎がひどい友人がいましたが、試験勉強はなんとか乗り切ったものの、いざ試験当日に鼻炎の症状によって結果を台無しにしてしまうケースが少なくありませんでした。ただ鼻が詰まって不便だという程度にしか思っていなかったこの現象が、実は単なる不快感を超えて、思考力そのものに影響を与えているのではないかと、長い間考えてきました。
脳脊髄液の排出経路を世界で初めて解明
最近発表されたある研究結果が、こうした経験に基づく仮説を裏付けているようですので、ご紹介したいと思います。韓国の科学技術情報通信部は、基礎科学研究院(IBS)血管研究団のコ・ギュヨン団長の研究チームが、動物実験を通じて脳脊髄液が脳を包む脳膜を通過し、脳膜リンパ管へ吸収・排出される主要な経路を世界で初めて明らかにしたと発表しました。この研究結果は、世界的な学術誌「セル(Cell)」にオンライン掲載されました。
脳脊髄液は、脳を保護し老廃物を排出することで、中枢神経系の機能と恒常性を維持する液体です。脳内で作られた老廃物は、この脳脊髄液に乗って脳の外へ排出されますが、こうした「脳の掃除」がうまくいかないと、アミロイドβなどの神経毒性タンパク質が脳に蓄積し、認知症をはじめとする神経変性疾患につながる可能性があるとされています。しかし、これまで脳脊髄液が脳を覆う脳膜のうち、丈夫な保護バリアの役割を果たすくも膜をどのように通過して、外側の層である硬膜の脳膜リンパ管へ流れ込むのかは、長年解明されていない難題として残されていました。
鼻と脳をつなぐ、知られざる排出経路
今回の研究チームは、脳脊髄液がくも膜を抜け出す最初の関門を発見し、これを「くも膜小窓」と名付けました。小窓とは、微細な穴を意味します。研究チームは、脳脊髄液がこのくも膜小窓を通過した後、脳膜リンパ管と鼻腔リンパ管を経て、頸部リンパ節へ移動する全過程を確認したとしています。特に注目すべき点は、脳の前方にある嗅球のリンパ管と鼻腔リンパ管が、脳と鼻腔の間にある薄い骨である篩板を隔てて直接つながっていることが確認された点です。つまり、脳の老廃物が排出される経路が、ほかでもない鼻の奥と直接つながっているということです。鼻づまりの症状が単なる呼吸の問題にとどまらず、脳の代謝や精神機能とも無関係ではないかもしれないという推測が可能になる部分です。
研究チームは、加齢がこの排出経路に与える影響についても分析しました。老化したマウスでは、くも膜小窓が狭くなり、周辺の脳膜リンパ管が減少したほか、リンパ管と嗅神経が通る篩板の通路も狭くなり、脳脊髄液の排出機能が大きく低下することが分かりました。そこで研究チームが、老化したマウスの鼻腔粘膜にリンパ管の生成を促す遺伝子「VEGF-C」を投与したところ、鼻腔と嗅球周辺のリンパ管の再生が促進され、排出経路が再び広がり、低下していた脳脊髄液の排出機能も若いマウスと同程度まで回復したということです。
研究の意義と、これからの展望
今回の研究を率いたコ・ギュヨンIBS血管研究団長は、「今回の研究は、約250年前に脳膜リンパ管が初めて発見されて以来、長年の難題であった脳脊髄液のくも膜通過経路を明確に解明した画期的な成果だ」とし、「これにより、脳の老廃物排出の出発点から頸部リンパ節に至る連結構造を、統合的に理解できる基盤を整えた」と強調しました。研究を主導したホン・ソンピョ研究委員も、「霊長類においても同じくも膜小窓の構造を確認したことで、ヒトの脳の掃除メカニズムを解明する重要な手がかりを得た」とし、「今後、人体組織を用いた研究へと拡張し、さまざまな神経変性疾患に応用できる新しい治療戦略を発展させていく計画だ」と述べました。
この研究結果に接して、改めて私たちの体は実に精巧に設計されているのだと感じました。体を構成する各器官は決して単独で働いているのではなく、目に見えないところで互いに緊密につながっています。鼻と脳のように、一見まったく無関係に思える体の部位同士でさえ、このようにひとつの経路でつながっているという事実を知ると、食べるもの一つ、眠ること一つにも、より一層気を配らなければならないという思いに至ります。今日自分が口にした食べ物の一つひとつが、必ず体のどこかに痕跡を残すのだと意識するようになると、自然と体に良くない食べ物からは少しずつ遠ざかるようになる気がします。
一つ付け加えるとすれば、年齢を重ねるにつれて、不思議と野菜に手が伸びる自分に気づくことがあります。子どもの頃はまったく手をつけなかったきのこや山菜が、最近になって妙に惹かれるようになり、昔、母が作ってくれた素朴な野菜のおかずのほうへと、自然と好みが戻っていくのを感じます。幼い頃はあれほど食べたくなかったものが、年を取ってからはむしろ食べたくなるという事実が、改めて不思議に思えます。おそらく私たちの体は、自分自身で分かっているのかもしれません。何が良い食べ物で、今の自分に何が必要なのかを。
