シュテファン・ツヴァイクとの出会い、そしてその過酷な生涯
シュテファン・ツヴァイクという作家との出会いは、『狂気と偶然の歴史』という一冊の書物を通じてであった。もっとも、同書は読了に至らず、冒頭部分を読んだところで中断してしまった。その後、同じ著者による『旅の魅力』を先に購入したことがきっかけとなり、ようやく最後まで読み通すことができたのである。
『数多くの運命の家』|シュテファン・ツヴァイク(教保文庫〔キョボムンゴ〕商品ページより)
シュテファン・ツヴァイクは、オーストリア出身のユダヤ人である。ユダヤ人の繊維工場を経営する父と、ユダヤ人銀行家の家系に生まれた母との間に生まれたことから、かなり裕福な家庭の子であったといえる。第一次世界大戦及び第二次世界大戦を経験する中で祖国を離れ、諸国を転々としながら作家としての生涯を送り、最終的にはブラジルにおいて妻とともにその生涯を閉じた。
彼が遺した遺書には、次のような内容が記されていたと伝えられている。
~私の力は、長きにわたり故郷なく彷徨った末に、すっかり衰え果ててしまいました。私は、時宜にかなった、そして正しい態度で人生を終える方が良いと考えます。私の人生において精神的な仕事は常に純粋な喜びであり、個人の自由はこの世で最高の財産でありました……
時代を超えて問う「真の旅」のあり方
このことから、「祖国」という存在は、普段は実感されにくいものの、一人の人間の人生にいかに大きな影響を及ぼすものであるかを窺い知ることができた。もし彼があの時代ではなく今日のオーストリアに生まれていたら、あるいは現在世界最強国であるアメリカに生まれていたならば、まったく異なる人生を歩んでいたであろうと思われる。あるいは、今よりも高名な作家になっていた可能性もあり、祖国の未来を悲観して自ら命を絶つ必要までは無かったのではないかと考えられる。
本書は、彼がドイツ、フランス、ベルギー、イタリア、ポルトガル、スイス、アメリカ、カナダ、ブラジルなど、様々な国を旅して残した紀行文の一部をまとめたものである。もっとも、彼が訪れたすべての国についての記録が収められているわけではないという。正直なところ、彼のことが多少うらやましくもある。当時、これほど自由に世界旅行をすることができた韓国人はいなかったであろうからである。もちろん、筆者自身もまた、後世のある韓国人にとってはうらやましく思われる存在となる可能性はあるだろう。もし今この時が、韓国の国力が最も旺盛な時期であるとするならば、の話であるが。
不便さから得られる記憶の密度
本書の中で印象深かった点は、今日では自由旅行の形式で世界旅行を楽しんでいるアメリカ人やイギリス人などの西欧の人々も、シュテファン・ツヴァイクが活動していた当時は、現在の韓国や東南アジアで好まれている「パッケージツアー」の形式で旅行をしていたということである。これに関連して、本書には次のような内容が紹介されている。
商品化された旅行によって、旅行の真の秘密は失われてしまうのではないか。はるか昔から、旅行という言葉には、冒険と危険、気まぐれな偶然と誘惑的な不確実性のほのかな香りが漂っていた……しかし、彼ら、受動的に旅をする者たちは知らないであろう。真の放浪者の神、すなわち偶然が彼らの足取りを導かない限り、多くのものをそのまま素通りしてしまうがゆえに、新たな世界へと足を踏み入れることはできないという事実を。……
これらのアメリカ人やイギリス人たちは、依然としてアメリカやイギリスの大衆自動車の中に留まっているのである。彼らは外国語を耳にすることもなく(いかなる出会いもないがゆえに)、その民族の特性や風習を感じ取ることもない。彼らは確かに見るべきものは見る。……誰一人として、新しいものを深く知ることはない……なぜなら、快適さや便利さと、実際に体験したこととの間には、常に矛盾が存在するからである。人生におけるあらゆる根本的なもの、我々が利益と呼ぶすべてのものは、努力と反抗の中から育まれたのであり、……
ところが不思議なことに、旅行中に出くわす不便さや損失は、後になって非常に豊かな形で報われることがある。不快さや不便さ、行き違いを経て得た印象の記憶だけが、ひときわ明るく強烈に残るものであり、また、旅の些細な苦労や困難、混乱以外には何も思い出されないからである。
社外取締役の経験と「本質的な把握」の条件
この紀行文を読みながら思ったのは、筆者が社外取締役として在職していた経験もまた、これと類似していたということである。社外取締役として在職していた間、あたかも新たな世界へ旅立つかのような感覚を覚えたことがある。筆者は、取締役の株主に対する忠実義務が明文化された商法改正が行われた時点で、任期満了により退任した。その間、様々なセミナーにおいて、次のような意見を耳にしたことがある。社外取締役の任期を延長すべきであるという意見、社外取締役として3年在職しただけでは会社を十分に把握することは難しいという意見、6年程度を経てようやく会社を把握できるようになるという意見、日本のように社外取締役の任期を9年程度とすべきであるという意見などである。
ところで、本書で述べられている旅行経験の強烈さと、上記のような意見とを重ね合わせてみると、次のような考えに至る。すなわち、社外取締役としての業務をあまりにも安逸に遂行した場合、6年間在職したとしても、会社を十分に把握できないのではないかということである。経験が強烈でないためである。職務を遂行する過程で直面する不便さや試行錯誤等を経験する頻度が低ければ、その経験自体が強烈なものとならず、そのために6年という歳月を経て初めてその会社を把握できるようになるのではないかと思われる。もし、かなり困難な社外取締役としての経験を凝縮された時間の中で積むことができるならば、6年を要することなく、2~3年以内であっても会社を十分に把握できるのではないかとも考えられる。
結局のところ、シュテファン・ツヴァイクの見解は妥当であるとの考えに至った。筆者自身も外国で2年程度暮らした経験があるが、今振り返ってみると、当時の日常的な生活についてはあまり記憶に残っておらず、苦労した記憶だけが残っている。そのため、外国生活について質問を受けた際には、主に苦労した経験を中心に語ることになるのが常である。特段の困難もなく楽しかった記憶は、2~3年程度までは残っていたかもしれないが、9年ほど経った現在では、ほとんど思い出すことができない。もっとも、苦労した記憶が今に至るまで嫌なものであるというわけではない。その苦労こそが、現在の自分を形作る糧となったからである。
